ブログのお引越し
ブログのお引越しをする事にしました。
初めてブログを書いた日から、慣れ親しんで来たのですが、ちょっと気分を変えてみたくて。
新しいお引越し先はこちらです。
http://ameblo.jp/sakusaku-okami/
ご登録よろしくお願いします。
是非、また遊びに来てくださいね。

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ふと気付いたNHKドラマ「蒼穹(そうこう)の昴(すばる)」。残念な事に25話中22話まで済んでいました。
物語は中国、清朝末期。
中国の三大悪女と言われる西大后と養子の皇帝、光緒帝との確執を二人を取り巻く人々の政権、権力争いを中心に清朝の滅びていく様を描いているのでしょうか?
理想を求めて改革を進める若き皇帝の側近、利権の為に西大后の政権を支持する旧体制派との渦巻く陰謀、駆け引き。
原作は浅田次郎で、日中合作ドラマらしく中国の俳優さんに混じって西大后は田中裕子。他に日本人役で何人か出演しています。
ちょうどドラマもクライマックスにさしかかっているところらしく、随分盛り上がっています。
革命を目前にして、死をも覚悟している青年が、思いを寄せる美しい女性に謎かけをして「答えは一生かけて考えてくれ、僕を忘れないように…」と言い、走り去って行くのです。
静かに心を残しながら、女性の元を離れ、少しづつ歩みを速め、振り切るように全力で暗闇の中へと走り去って行くその姿の美しい事。
うーん、どこかで見たシーン、あっそう言えば「冬のソナタ」でもヨン様が雪の中を全力疾走するシーンで感動したような…。
どうも私は男性の走る姿に惹かれるようです。(笑)
西大后と言えば「垂廉聴政」と言って傀儡(かいらい)の皇帝の後ろに座り、すだれの奥で政治の実権を握ってきた影の女帝。
その生い立ちや、存在はさまざまな伝説や逸話を生んで、歴史大好きな私としてはやり過ごしてしまえません。
終わってしまった22話分が知りたい!という欲望を押さえきれず、本屋さんに行って文庫本全4冊買ってきてしました。
ああ、また今夜も眠れない!
帰省していた東京の友人に神戸で餃子を食べて帰りたいと言われ、南京町で餃子を食べる事になりました。
おすすめの餃子屋さんを何軒かピックアップ。探し回って、訪ねまわってやっと見つけた「大学」と言う餃子屋さん。うちの板長のおすすめのお店です。
私には当たり前の味噌ダレもどうも神戸独特らしく、この味東京には無い、と喜んでくれました。
「大学」の餃子は薄皮でパリンと香ばしく味噌だれにぴったり、私自身も久しぶりの餃子楽しみました。
なんでも東京の餃子はもっと皮が分厚くぽってりしているらしいのです。
まあ、それもモチモチしていて美味しいのですが、薄皮の繊細な餃子は如何にもお店で食べてるプロの味って感じで何だか嬉しい。
ビールも一緒に頂いてすっかりお休みを堪能いたしました。
芦屋に「メツゲライクスダ」と言う、美味しい自家製のハム屋さんがあってイートインもあるというので行ってみました。
石屋川にある姉妹店で白金豚のハムをほんの少し買って帰り、そのとろける美味しさに感動していたのですが、そちらは販売だけなので、気になっていたのです。
ショウウィンドウにはいろんな種類のハム、ソーセージ、キッシュ、洋風のお惣菜や焼き菓子まで飾ってあります。
まず、あれこれお味を見たいのでハムの盛り合わせ、キッシュ、そしておすすめのホットドックも!
飲み物はワインにしました。
セルフサービスでテーブルへ。
ハムは当然のことながらどれも美味しいしのですが、ワインも侮れない本格派。まあ、私のわかる範囲ですが。
昼下がりのゆったりした時間。お茶じゃなくてこんな過ごし方もあるのですね。
さりげなく男性にこんなところに誘われて、午後のワインなんかしたらポイント高いかも、なんて友人は言ってましたが、残念ながら女性同士のおしゃべりタイムです。
それにしてもこのホットドック!これってホットドック?さすがハム屋さん。
パンがソーセージを抱え切れていません。
とてもかぶりつける状態ではなく、ナイフとフォークでいただきます。
ソーセージはプリップリッの弾力で口の中で肉汁がわっと広がります。そしてパンも弾力があって、肉汁を吸い込み、しっかり美味しかったです。
ワインが終わってしまったので、気になる白ビールをいただきました。
瓶に入っているのにこの優しさ、なめらかさ、飲んだ後、口の中で味がどんどん変化していくのです。
何でしょう、このフルーティーな香りは。これがビール?
お値段も結構なモノでしたが(笑)、お値打ちはありますね。
食べきれなかったので木の実たっぷりの焼き菓子はお土産にして、ぶーらぶーら芦屋川沿いを歩いて帰路につきました。
4月になってメニューも新しくなりました。
桜鯛、鰆(さわら)、ホタルイカ、新子、いかなご、筍(たけのこ)、木の芽、若芽(わかめ)、そして山菜の色々…。
目を楽しませ、香りを味わい、舌を満足させる食材が色々。
春の芽吹きを感じます。
咲咲の四月のコース料理はメインに「桜鯛と若芽(わかめ)、筍(たけのこ)の紙包み蒸し」をご用意しました。
包みを開いた時の木の芽の香りもお楽しみください。
もちろん咲咲おすすめの「美味小皿」も、木の芽和えや蕗の白和え、鰯(いわし)の香梅揚げ、鱸(すずき)のカルパッチョ等、旬のお料理を少しづつ小皿に盛りつけて季節を楽しんで頂きます。
また、新しくじゃがいも饅頭も登場。じゃがいものもっちり感と衣のカリッと感を味わってください。
単品メニューでは生ホタルイカも登場。
日替わりで、造りや天ぷら、陶板の上で昆布の上に並べテーブルで「松前焼き」にして香りとともに召し上がっていただく…なんて趣向も凝らしています。
そろそろ桜便りも聞かれるこの頃、咲咲で盃を傾けながら春を味わってください。
知らない間に4月が来ていました。
東北関東大震災から、あまりにもいろんな事が続けて起こり、長かったのか短かったのかもわからないくらいです。
送られてくる映像や記事に胸を締め付けられるような思いで心が動き、ある意味とても密度の濃い日々だったようにも思います。
4月は毎年なんだか明るい華やいだ気持ちで迎えますのに、今年は知らない間にそばに来ていて、「えっ?」と言うありさまです。
でも、季節は正直ですね。忘れずに桜の花を準備してやって来ます。
私の大好きな、古事記に出てくる木花咲耶(このはなさくや)姫は手籠(かご)に花びらをいっぱい入れて山から降りてきて、籠(かご)の花びらを捲(ま)きながら里に春を呼び、花を咲かせて行くと言います。
どうぞ、被災地のみなさんに、一日も早く、暖かい春が、美しい桜が届きますように。
先日送別会のご予約を頂きました。
主役のお客様から咲咲をご指名していただいたとお聞きして、月曜の定休日を返上して開店させていただきました。
ありがたいお話です。
ご予算もたくさんいただき、板長も仕込みに張り切っておりました。
少人数の貸し切りとなり、ゆっくりと和やかに時を過ごしていただけたのでは…。
送られるお客様は定年退職で職場を去られるのですが、職を全うして定年の日を迎えられるという事の、偉大さ、素晴らしさをひしひしと感じます。
本当におめでとうございます。お疲れさまでした。
この日が、また新しい門出となりますように…。
お世話役のお客様から私達にまでお菓子のお裾分けを頂き、恐縮いたしておりましたのに、参加されたお客様からもシュークリームの差し入れを…。
その日のスタッフはみんなお菓子大好き、思わず目が輝いていました、正直ですね。
朝から食事もせずに立ち働いていた板長は、お客様をお送りした後、嬉しそうに頬張っておりました。
お心遣いありがとうございました。
最近、にしむらコーヒーに行くとつい頼んでしまうケーキがあります。
名前何だったかな?ライスクリームタルト?
パイ生地の中にお米のクリームが入っていて抑え気味の甘味と相まって美味しいのです。
ひょっとして甘味は和三盆だったかも。
上品な甘みです。
お米のお菓子と言うと、若い頃お料理もしないのに料理本が好きで、買った大阪帝国ホテルのシェフだった人の読み物みたいな料理本にご飯で作ったケーキが載っていたのです。
ご飯でケーキ?好奇心を押さえられず見よう見まねで作ってみました。
結果はうーん、何もわざわざお米で作らなくても…って感じ。あんまり家族にも好評とは言えませんでした。
ご飯に砂糖を加えてフルーツを挟んだか乗せたか…、四角く重ねて蒸したのか焼いたのか覚えていませんが、甘いソースも掛けたような。
ご飯粒がはっきり見えるケーキ、みたいな感じです。
何しろ、ン十年前の話です。私自身が手慣れていなくて、美味しくしていく気合が足りなかったのかも。
それでそれっきりご飯のケーキにチャレンジする事もなく、今まできましたが、にしむらコーヒーでこのケーキに巡り合った時、なるほど、あの時の「何もわざわざお米で作らなくても…」と言うケーキをここまで美味しくしていただきましたか、ありがとうございます。って気持ちでいっぱいになりました。
米粒はもうなくてなめらかなクリーム、でもお米がベースですから生クリームのようなひつこさが無くてスーッと口の中で溶けていきます。それが私の大好きなパイ生地の中に閉じ込められていてサクッと言う食感とすーっと溶けるお米のクリーム!最高。
あっさりとあきらめて二度と作る気を無くした自分を反省しながら、ご飯だってこんな美味しいケーキになれるんだ!と感無量なのです。
恐ろしい東北関東大地震が起こってから2週間が経ちました。
毎日放送される悲惨な光景に気持ちがゆすぶられ、中々晴れやかな気持ちにはなれません。
東京にいる娘や友人の事も心の片隅でいつも気になり、幸いにも神戸では、いつもと同じ毎日を過ごせているのに何か違ってしまっている日常です。
被災地で不安な日々を送っておられる方々、原発で危険を冒して戦ってくださっている人たちの事を思うと胸が痛いです。
話に聞くと東京では節電であちこちのネオンも消え街全体が暗いのだとか、お店も営業が成り立たず休まれたり、早く終わられたりしているところもあるとか。本当に大変ですね。
むやみな自粛をするつもりもないのですが、元気で明るく!を心がけてはいるのですが、不思議なもので気持ちが沈んでいるとブログがなかなか書けません。
改めて、ブログが毎日書ける事の幸せをかみしめました。
日々の楽しい事、面白い事、心がキュンと動いた事があると突き上げるように書きたい気持ちがむくむくと湧きあがってパソコンの蓋をあけるのももどかしいのですが…。
テレビ、ラジオで繰り返し繰り返し放送される女優さん母娘の子宮頸癌の検診の呼びかけも、耳についてだんだん辛く感じてしまいます。
普通のコマーシャルが恋しくなってきました。さりげなくさらっと流してしまえる普通のコマーシャルが。
いけませんね、小さな事でもいいから楽しい事を自分で見つけて行く事にしましょう。
私が楽しくなれば周りの人も楽しくなるかもしれません。
一日も早く皆さんに普通の日常が戻ってきますように。
バレンタインデーに彼女から手作りチョコレートケーキを貰ってニコニコだったスタッフの平尾君に、お返しにホワイトデーにクッキーを焼いてあげたら~?とお節介を焼きました。
めちゃくちゃ簡単で、しかもおいしいクッキーがあるのです。
プレゼントに添えて、男子に手作りクッキーを手渡されたら、彼女はびっくり!、大受け間違いなしよ、と。
最初腰が引けていた平尾君、「簡単ですか?」とだんだんその気になって来たようです。
材料を混ぜるだけなので初心者向きで、私も子供の頃初めて作って美味しさに感動!
自分でもお菓子が焼けるんだ!と嬉しかったクッキーです。
ただ、焼き時間を覚えてなくて、最近作ってみてまだ完璧満足は出来ていないのですが、平尾君の「手作り」なら、そこは愛の力できっと彼女も許してくれるでしょう。
まあ、そこまで私がお節介する事も無いのですが。
アルバイトの日、早めに来て開店前の厨房で焼く事にしました。
あんまり手伝い過ぎても「手作り」と自慢できないので、材料だけを用意してあげる事に。
あら、まるで過保護ママですね。
平尾君は本当に素直にまっすぐ育った感じの少年と言うか青年と言うか、咲咲の先輩スタッフのお姉さまたちにもとっても受けがいいのです。
実際にお姉さんがいるらしいのできっと「弟」ムードが出ているのでしょうね。
さて、やってきた平尾君。手をきれいに洗ってエプロンを掛けてスタンバイです。
バター(110g)を室温に戻して砂糖(130g)を加えすり混ぜます。
そんなに力を入れて泡立て器を押し付けたら、ボウルが擦り切れて穴があくよー、もっと優しく。
溶いた卵(1個)を少しづつ加えます。
一緒に振るった小麦粉(200g)とベーキングパウダー(小さじ4分の1)を加え、ゴムべらでかき混ぜます。
そーっと、そーっと、粉が飛び散らないようにゴムべらを入れて切るようにかき混ぜます。
あれー?何だか随分粘りが出たねー、タネが重いぞー!こね過ぎたー?
バニラオイルを少々入れる。
チョコレートチップ(150g)とアーモンド(40g)を入れて混ぜ、スプーン2本で小さくまとめて、オーブンシートを敷いた天板に並べ、温めたオーブンに。
本当はアーモンドでなくてクルミなのですが、調達できなかったので。
後は一番心配な焼き時間です。
最近いつも焼き過ぎて固くなっているので少し早めに出しましょう。
うーん、オーブンからいい匂いが!
いいやん、いいやん、いい感じ!上手くいきそう。
ザルの上で冷まして、私と板長も幸せのお裾分け、試食させてもらいます。
うん、焼き時間ちょうどいいかも!美味しい!
180度で25分、しばらくこれで行きましょう。
しっかり冷ましたらサクッともっと美味しくなりました。アーモンドの存在感が無いのでやはりレシピ通りクルミが正解かも。次回はクルミで。
その日、アルバイトが終わったその足で実家の滋賀に帰るらしい平尾君。
それならお母さんにもお土産にとたっぷり袋に。
後は形のきれいなのを選んで素敵にラッピングしてホワイトデーのプレゼントに添えてね、と送り出しました。
後日、反応を聞くとお母さんがとっても喜んでくれたとか。
やはり私は母の気持ちに近いようです。
東日本大震災の被害にあった方々に心からお見舞い申し上げます。
以前東北には中々ご縁がなかったのですが、お酒を通じて彼の地に思いを馳せる事になりました。
宮城県の一の蔵の不思議なお酒「ひめぜん」。
純米酒と同じ原料で作った甘酸っぱいワインみたいなお酒。
アルコール度も日本酒の半分くらいの軽ーいお酒。
このひめぜんをきっかけに日本酒とぐっと近づき、これをご縁に知り合った酒屋さんと今もずーっとお付き合いが続いています。
今ではひめぜんでは物足りないくらい酒豪(?)になりました。
その後、シャンパンみたいな発泡性の甘酸っぱいお酒「すず音」を発売するにあたっては他店に先駆けて咲咲にお試しに置いてもらいました。
女性の反応は上々で、今ではひめぜんをしのぐ知名度でご注文いただきます。
クリスマスシーズンには、ほのかにピンクに色づいた「花めくすず音」をご用意したりもしていました。
そのすず音も「これが最後で、次はいつ入荷になるかわかりません」と先日言われてしまいました。
一の蔵のみなさんのご無事は確認されたという事で胸はなでおろしたものの、被害は相当でしょうし、流通の手段も大変なのでしょう。
私は面映ゆくて普段はこんな事は苦手なのですが、阪神大震災を経験した者としてじっとしていられず、被災地とその周辺のお酒を飲んでいただいた売り上げの一部を義援金として被災地にお送りしたいと思います。
今日もカウンターのカップルのお客様、金龍、無垢の酒、浦霞と宮城のお酒を飲んでいただきました。
一部ですが送らせていただきます、と話すとにっこり笑ってうなずいてくださいました。
ささやかですが、私にできる事、何か探って行きたいです。
娘の幼馴染のTハル君がふらっと尋ねてきてくれました。
久しぶりに顔を見たとたんに「ハッ」としました。
スノーボードに夢中になった彼はそれを職業に選び雪深い福島県に移り住んでいたのです。
この度の原発事故の中心地から半径50キロに自宅を構えている彼は、危険を心配したお母さんの強い希望で新妻を連れて一時神戸に里帰りしてきたそうです。
近況報告を話しあった後、おもむろにきれいなブルーに染まった雪景色の写真のコピー集を手渡されました。
彼は真剣な目をして「神戸の人に福島を知ってほしい、そしてこの地震の被災地の人達の為に少しでもいいから義援金を募ってほしい」と話します。
彼は止むに止まれぬ気持ちに突き動かされて、愛する福島の自然を写した写真とコメントをカラーコピーして小冊子を手作りしたようです。
片隅を紐で閉じただけの素朴なパンフレットには、青い空、白い雪の美しい風景を中心に美しい自然に恵まれた福島とその周辺が紹介されていました。
パンフレットには個人名もプロフィールも入っていて、不特定多数に配る趣旨ではなく、個人的に咲咲で彼の気持ちをお客様に伝えて欲しいというものでした。
ちょうど咲咲でも、日頃からお店で提供してきた、被災地とその周辺の酒蔵のお酒をお客様に飲んで頂いて、その売り上げの一部を寄付させていただこうかとスタートしたところだったので、それでは彼のパンフと咲咲のお酒の二本立てで被災地の皆様に気持ちを伝えていこう、と言う事になりました。
Tハル君の写真集、咲咲で手にとって見てください。
美しい福島、美しい日本、そして美味しいお酒…。一日も早くあの日常が戻りますように。
今、頑張っていらっしゃる被災地の皆様にどうか思いが伝わりますように。
地震発生から、主にお店でラジオで地震の情報を聞いて胸を痛めていたのですが、テレビでニュースを見て正視できませんでした。
本当に想像をはるかに超えた恐ろしさ。大自然の脅威に人はなんて無力なのでしょう。
地震・津波は一瞬で、何も残さず破壊していきます。
巻き込まれた方はどれほど恐ろしかったことか。
そしてまた夜が忍び寄ってきます。
救助を待っている方、頑張ってください。
地震発生からラジオをつけっぱなしです。
刻々と伝えられる悲惨な状況にたまらない気持。
twitterのTLにも情報の渦が流れ、被災地の方に読んでもらいたいような、参考になる情報もどんどん流れてくる。
RTで拡散が多いのでフォローしていない人のtwitteがどんどん流れてくる。
あまりのスピードと緊迫した情報の洪水に、口もはさめず、ただただ黙って見送っている。
ラジオでは、どこそこの学校で児童と教師が取り残されている、とか、どこそこの病院で○○人が孤立しているとかと言っているけれど、何と不安な夜を過ごされている事か。
どうか気持ちをしっかり持って、朝を待って欲しい。
希望を持ってほしい。
頑張って!
のんびりと出勤準備をしていましたら電話が鳴り、電話を取った父が何だか緊迫した雰囲気で返事をしています。
東京の娘から地震があって電話が通じなくなりそうだけれど無事だから心配しないで、というものでした。
電話はそのまま切れました。
えー?っと驚いてテレビを付けると宮城県の様子が流れています。
隣のテレビでは煙を上げている東京の風景も写し出されています。
まだ、地震の直後で今から起こる被害や混乱の嵐の前の静けさを感じる不気味さでした。
神戸の人間としては忘れる事の出来ない恐ろしい風景。
津波の情報がどんどん送られています。あのときは火災が神戸の街を焼きつくしましたが、ここでは津波の恐怖が…。
あの時の私は停電でテレビが写らず、今自分の周りで起こっている事しかわかりませんでした。
いま、テレビに写し出された映像を見てはらはらしながらも手が出せない自分がいます。
あの時と反対側に自分がいるのですね。
案の定、娘とはその後全く連絡が取れず、友人を通じて「無事だけどメール・電話が通じない」と情報が入ります。
夜になってからやっと電話が入り、声が聞けてほっと落ち着きました。
仕事のお仲間と会社の会議室に避難しているらしく、横から笑い声も聞こえてくるくらいなので、心強くしているようすで、ホッとしました。
こちらがこれほど心配しているのがピンと来ていない様子です。
深夜になって、さすがに疲れた声で電車の開通を待って家に帰る、電車待ち!と言っていました。
それはそれでまた心配、情報が入らないのが一番不安です。
その後も各地の被害の酷さがどんどんラジオで流され、胸が痛みます。
深夜、東京在住の友達と電話が通じてお店はどう?と聞かれ「それが凄く忙しかったの」と言うと「ええ?!」と絶句して「それが被災ってことね、あの時と同じ…」と。
彼女も神戸の地震を経験しています。
あの時も真っ黒に煤けて水汲みや食料の調達に走り回っていた時期に電車を乗り継いでやっと辿りついた大阪で、ハイヒールにミニスカートのきれいな女性やパチンコ店のネオン、楽しく語り合っているオープンカフェのカップルを見て愕然としたのを覚えています。
ここはどこ?と狐につままれた気分でした。
武庫川を一本超えただけで、今までの日常がそこにあったのです。
あの時は大阪で神戸から来た人ははっきりわかりました。
防寒服にリュック、疲れた、または緊張の解けない目つき。背中に大きな大きな思いを背負っていました。
被災地の中と外、天国と地獄ほどの差があります。
いろんな事が蘇り、今、まさにそれに遭遇されている方に胸が痛みます。
余震と言えないくらいの大きな揺れが明け方まだ続いているうえ、明け方、新潟でまた地震が起こったみたい。なんて事でしょう!
どうか早くおさまって多くの方がご無事でありますように。
心から祈っています。