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2010年12月

2010年12月28日 (火)

生姜板

南京町のかとれあ美容室に年末のご挨拶がてら遊びに行ってきました。

こちらの桧垣さんのゴルフコンペにずーっと参加させていただいているのですが、今年は家庭の事情で中々参加できず、このままお会いできないで年が明けてしまいそうなのでみなさんのお顔を見に行ってきました。

前日に焼いた手作りのチーズケーキをお土産に持っていったら、「うちのも食べて帰ってー」と温かい美味しいミルクティーと一緒に、大きな四角いお盆のような物に厚さ1cm弱に敷き詰められた巨大な板チョコのような物を出してくださいました。

小さな四角に切り込みが入れてあって、ぽろぽろ割って渡してくださいます。

生姜板でした。口に含むと生姜の香りがパーっと広がります。それも強烈に。そしてその強烈な生姜の刺激が後を引いてやめられなくなってしまいます。

上質の黒砂糖の中に溶け込んでいて、その甘さとコクと生姜の刺激!

生姜板ってほとんど食べた事がなく、昔どこかのお土産にかじった事があったのが数少ない記憶ですが、こんな味では無かった筈。

もっと生姜の香りがほのかで、今日かじった生姜板とおんなじ名前なんだから「あっ、あれって生姜だったんだ…」って思い当ったほど別物でした。

桧垣さんの手作り生姜板は生姜が活き活きと自己主張してます。

私があんまり食べ続けるので小さなセロハンの袋に入れて赤と緑と金のクリスマスバージョンのリボンで結んでお土産にしてくださいました。

お土産をしっかり握りしめて、外に出ると風が冷たく、雪がちらほら舞ってきて、南京町はクリスマスのカップルで溢れていました。

知らない間にクリスマスが来ていて、今年も暮れようとしています。

※咲咲は年内は12月30日まで、年始は1月2日より営業します。

仕事納めのお帰りや、生田神社の初詣のお帰りに是非お立ち寄りくださいませ。

2010年12月17日 (金)

新しい生命

産休しているスタッフの彩ちゃんに可愛い女の子が生まれました。

もうすぐ予定日、電話してみようかな?と「初産は遅れる」と信じ切っていた私はのんびり構えていたのですが、早朝「無事産まれました」とのメールにびっくり。

生後何時間目かのほやほや写真に、思わず涙が溢れました。

新しい生命(いのち)!なんて素晴らしいのでしょう!

最近、突然の訃報や友人からの喪中葉書に沈みがちだった心に何だか暖かい小さな灯がともったような気がしました。

こうやって生命は受け継がれていくのですね。

言葉にならない感動です。

千尋(ちひろ)ちゃんです。

日本のいや、人類、地球の希望の星です。

健やかに育ってほしいです。

Photo

2010年12月11日 (土)

元気の出る色

友人のお宅に招かれた時、ルビー色のきれいなハーブティーでもてなされました。

ハーブティーは時々飲むけれどこんなきれいな色のお茶は初めてだったので「珍しいわね、いつも飲んでるの?」と尋ねると「そう、この色で元気がもらえるのよ。」と。

そういえば、長いお付き合いの中、時々彼女の指先に真っ赤なマニキュアを見つける事がありました。彼女の指先からはそれ以外の色を思い出せないくらい印象に残っています。

色白の彼女の細い指先のきちんと短く手入れされた小さな爪に乗せられた真っ赤な色。

流行がパール系だったり、淡い色だったり、今のように付け爪やキラキラ爪が主流となっている時も、しっかりと意思を持ってその真っ赤な指先は美しく動いていました。

そうか、彼女はこの美しい赤でパワーを得ていたのだと気付きました。

ハードなスケジュールをテキパキとこなしながら若さ美しさを損なうことなく輝いている彼女の秘密をチラリとのぞいた気がしました。

人にはそれぞれパワーをもらえる色があると言います。私にとってはただのきれいな色である「赤」が彼女にとってはエネルギーをもたらす強力なアイテムだったのですね。

振りかえって、では私にとっての「パワーカラー」って何だろう?とふと立ち止まってしまいました。

裏山で雨にぬれた紫陽花(あじさい)の咲き乱れる花畑を見つけた時や、東北の奥入瀬渓流でバスを降り立った時、一面に広がる緑の世界を見た時の、胸が震えるような感動と感激は今でもすぐ蘇(よみがえ)ります。

どうやら私は色の濃淡や光と影、のような物に反応するのかもしれません。

アクセサリーもパールのように光の中で表情を変えるもの、ブラックオパールの吸い込まれるような緑と青の世界、ビーズやガラス玉、もちろんダイヤモンドも大好き。

六甲山から見るキラキラ輝く夜景、チロチロ動くろうそくの灯…。

私がわくわくする色や物、どんどん浮かんできました。

こういうものたちに囲まれてエネルギーをもらう、っていうのもいいアイデアかもしれませんね。

2010年12月 8日 (水)

お好み焼あれこれ

子供の頃、日曜の晩御飯にお好み焼が多かったのは父が釣りに行って、その魚をさばき、料理して私たちに食べさせて、自分はもう魚は食べたくないという理由からでした。

お肉をなかなか食べない父にこの日だけは「にくてん」というお好み焼でお肉を食べさせようと母がいろいろ工夫していた気がします。

子供たちが育ち盛りの頃はそれでは物足りなくて同じ鉄板で焼き肉をしてもらったりしましたが、父はガンとして「にくてん」一本です。

「にくてん」は鉄板にお好み焼の生地(小麦粉、卵、すりおろした山芋等を出汁で溶いて味付けをした特性のもの。薄い薄いシャブシャブのもの)を丸くクレープのように敷き、粉かつおをパラパラとかけキャベツの細切りを置き、葱の細切りもパラパラ、天かすを置いてその上にとろろ昆布を敷いてその上に牛肉を広げて置き、その上にまたお好み焼の生地を少しだけ掛けてひっくり返します。

そしてそれをコテでギュウギュウ押しつけて薄く薄くのばすのです。

それからまたひっくり返してお肉が上になるようにして好みで、醤油かウスターソースをぬります。とんかつソースではちょっと違うのです。

最初にひっくり返す前にお肉に醤油を少し垂らしてからひっくり返し、醤油を焦がして肉に味をつける時もあります。

最近まで私はうちだけ変わっているのだと思っていたのですが、先日お好み焼き談義をしていたら、それが神戸のお好み焼よ、という友人がいてへー!うちだけではなかったんだとびっくりしました。

ただし、友人のお家では牛肉ではなくて「すじこん」。牛筋とこんにゃくを甘辛く柔らかく炊きこんだものを入れていたそうです。とろろ昆布も無いそうです。

多分、肉系は牛肉しか食べず、牛筋なんてとんでもない父に母が妥協して、それでも食べさせようと考えたのでしょう。

友人に言わせると、キャベツと溶いた粉を全部まぜこんで分厚く焼くのが大阪風。神戸風は順番に重ねて焼いて薄くのばすのが基本らしいのですが、家庭家庭でいろんなバリエーションが出来たのでしょうね。

もっとも友人宅と我が家の二軒だけのデータで神戸のお好み焼を語っていいものやら。ちょっと危険な気もしますが…。

みなさんのお宅ではどうでしたか?

また、お聞かせいただきたいです。

2010年12月 7日 (火)

ダンドリーナとダンドール

また東京へ行ってきました。

今回は遊びでは無かったので、帰りの新幹線であまりの疲れに居眠りをしてしまいました。

私の横はキャリアウーマン風の女性でモバイルというのでしょうかノートパソコンの小型のものを広げてバンバン仕事している風です。

新幹線のコンセントに携帯の充電器を差し込みその携帯からモバイルに何かを差し込んでいたように見えました。

うとうとしながら目を開ける度に、その女性の触っている機械類が目まぐるしく変わるのです。

それだけの機種を使いこなしているというだけでも目を見張ります。

名古屋駅を過ぎた頃から彼女は片づけに入りました。京都で降りられるのでしょうか?

あちこち繋いであったコード類を外し、くるくる巻いて針金の入ったモールのような物で縛り、小さくまとめ、布のバッグにきちんと納めていきます。それも見事に慣れた手つきで。

小さなバッグにそれ以上は無理、またその順番で無いと無理、っていうような感じでコンパクトにまとめました。

次にまた別の小さなバッグを取りだし、中からハンドクリームらしきものを取り出し、ピンク色の上品なマニュキアをした手に塗りマッサージ、それをきれいに片付け、次に小さく丸めたファスナー付きのビニール袋を取りだして中のグミキャンディのような物を口に入れ、お口をリフレッシュ。そしてまたきちんと丸めて元の場所へ。

少し大き目のバッグに先ほどの小さいバッグとモバイル類を、少しずれても入らないようにきちんと納めます。

席を立ってお手洗いに行ってお化粧も直された様子。髪もきれいに整っています。

新幹線は京都に。もう下車出来る様子ですのに彼女は動じません。大阪まで行かれるのかな?

座席の後ろに(一番後ろの座席だったので少しスペースがあったのです)置いてあった薄手のコートを窓際のコート掛けのような取っ手を引っ張り出し掛けます。

新大阪に着く頃にはコートも着終って完璧に身支度終わり、いつでも下車出来る状態。

ところが新大阪に着いても降りられる様子なし。新幹線は福岡行、一体どこまで行かれるのでしょうか?

新幹線が新大阪を離れて間もなく女性は立ちあがり戸口近くに。神戸で降りられるんだー。

それにしても見事な用意周到ぶり。一分の隙もありません。

新神戸のホームが見えてから荷物を下ろして立ちあがる私とは随分違います。

こういう、段取り良くすべてをきちんと準備してこなしていく人を私は尊敬の念を込めて女性には「ダンドリーナ」男性には「ダンドール」という称号を贈り、爪の垢でも煎じて飲みたいと憧れるのです。