よもやま話 Feed

2010年7月29日 (木)

百日紅

毎日暑い日が続いていますね。

庭に百日紅(さるすべり)の花が咲いていました。

ツルツルの幹に先端だけにきれいなピンクの花をつけています。

幹のむき出しの裸具合と、お花の可憐さがなんともいえないアンバランスで、つい笑いを誘ってしまうお花です。

百日紅は、恋人と百日後に逢うことを約束した乙女が、約束の百日目の直前に他界、その死んだ日の後に咲いたという中国の伝説があるとか。

日本では紅花が100日間咲くので”百日紅(ひゃくじつこう)というらしいです。

また、ツルツルの幹が猿も滑り落ちそうな事から、”猿滑”という名前がついたとも。

また木の肌を掻くとくすぐったそうなので”クスグリノキ”という別名もあるそうです。

面白そう、試してみなくっちゃ。

そうこう言っていたら雨が降ってきました。久しぶりですね。恵みの雨です。

少し涼しくなってくれるといいのですが…。

2010年5月 1日 (土)

カレーキャベツのホットドッグ

ツイッターをはじめて暫らくたち、お顔を知らない方と「つぶやき」を交換する事も出来るようになりました。

先日カレーキャベツのホットドッグの事が話題に出ていてつい身を乗り出してしまいました。

喫茶店で注文するホットドックにはソーセージの他には、ポテトサラダやレタス、卵などが入っている冷たいホットドッグもありますが、普通テイクアウトのホットドッグと言えばソーセージと刻んだキャベツをカレー味で炒めたものが挟んであっるのが定番のように思っていたのですが、本来はザワークラフトやピクルスを使うらしいのです。TVで取り上げていたようですね。

このカレーキャベツのホットドッグと言えば、私には必ず浮かんでくる情景があります。

中学生の頃、夏休みに友達と行った帰り、プールから出た所に車の屋台が出ていてこのホットドッグを売っていたのです。芦屋の市民プールでした。今もあるのかしら?その頃は周りに何にも無くて、プールだけがぽつんとありました。

柔らかいパンの間に切り込みを入れて、バターをぬり、味で炒めたキャベツ、ウインナを挟み、パンの上の部分にまたバターをぬってオーブントースターに。焼き上がったらケチャップとマスタードを。ふんわり温まったパンがバターを塗ったところだけカリッと焼けて香ばしく、中のキャベツのカレー風味と共に口に広がります。

泳ぎ疲れた気だるい身体、濡れた髪、真夏のギラギラと照りつける太陽、蝉(せみ)の声…、他に何にも無い広場にポツンとあったホットドック屋さんの車…。ホットドックと言えば必ずこの情景が浮かんできます。

今、三宮の東門街の入り口に夜な夜なこの懐かしいホットドッグ屋さんが店を出します。懐かしくて買ってみました。カレーキャベツの甘味と風味が忘れられないあの美味しさでした。

2010年4月28日 (水)

北向地蔵(きたむきじぞう)

市役所前をずーっと北に走っている神戸のメインストリート、フラワーロードの一本西にある、北向きの一方通行の広い道、北野坂通りをちょこっと左に折れた所にお地蔵さんが祀ってあります。

その名も「北向地蔵(きたむきじぞう)」。その名のとおり北を向いています。ビルの一角に組み込まれているような佇まいに、元々そこにあったものが区画整理とか、ビルの建築でその場所に移動して北向きになったからそんな名前になったのかな?なんて思っていたら、元々北向地蔵というお名前でちゃんと言い伝えもあったのです。

昔、大雨が降ってこの辺りを流れていた生田川が氾濫して、村人達が必死で川の決壊を食い止めようと頑張ったのですがどうにもならず、力尽き果てて、諦めて番小屋で眠ってしまい、朝起きると大木が決壊しそうになった場所をふさいで生田川の決壊を食い止めていたのだそうです。そしてそこには北向地蔵が。村人はお地蔵さんのお陰と、大変感謝してそれまで以上に手厚く祀ったそうです。

この北向地蔵さん、場所柄か、きれいなママさんや料理屋の女将さん風の方が手を合わせていらっしゃる姿をよくお見かけします。

夏には地蔵盆があって、お菓子がいっぱい供えられ子供達に振舞われるのですよ。

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ビルの一角に納められた北向地蔵さん。
写真を撮っていると通りかかった男性に「昔、この辺りいったいは競馬場だったんだよ」と話し掛けられました。
ええー?そんな話もあるんだ。歴史って深いんですね。もっと詳しくお聞きしたかったです。

※咲咲は5月4日まで休まず営業いたします。5月5日にお休みを頂きます。

2010年2月 5日 (金)

立春の蓬餅(よもぎもち)

立春に蓬餅(よもぎもち)を食べる…とラジオで言っているのを聞いてふと思い出した事があります。

うんとうんと小さい頃、水のきれいな河原を母に手を引かれて散歩した時、母が草を摘んで家に帰り、草餅を作ってくれたのです。今思えば蓬餅(よもぎもち)だったのでしょう。

本当に小さかったので記憶もあいまいですが、薄暗い台所で蒸し器に布巾がかかって、湯気が上がっていたような…。母がすり鉢で葉っぱをすり潰していたような…。

ただ、小さく丸められた出来立ての草餅を台所でそっと両手で受け取りながら、あの草がお餅になったことに本当に驚きました。まるで魔法を見たような衝撃でした。母にまとわり付きながら立ったまま口に入れました。あんこの甘さとちょっと青臭い草の香りがしたと思います。和菓子屋さんで蓬餅(よもぎもち)を見るたび鮮やかに甦る光景です。

2010年1月29日 (金)

ご祈祷の言葉

先日ご紹介した立春朝搾り、ついに昨日で締め切りとなりました。

ご祈祷いただく言葉をお札(ふだ)に書いていただくために色々頭を悩ませます。

お店用にはお客様の健康と幸せを祈って招福開運。両親には健康長寿…などと考えながら、こんな言葉ってあったかしらと、気になってパソコンで調べて見ました。

どうやって調べたらいいのかわからないので家内安全と入れてみたら出てきました、ご祈祷の言葉の色々。

家内安全、厄除祈願、交通安全、身体健全、合格祈願、必勝祈願、工事安全、良縁祈願、学業成就、商売繁盛、航海安全、社運隆昌etc。

たくさんありますね。お馴染みのものからあまり聞いたことのないものまで。

人々の祈りは昔から様々に尽きる事なくあったのですね。

神様に手を合わせて頭(こうべ)を垂れている時、人は素直な気持ちで純粋に祈りを込めますよね。

強く思うこと。それが願いの叶う第一歩かもしれません。

2009年12月24日 (木)

クリスマスの思い出

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子供の頃、毎年サンタクロースがやって来て、枕元にプレゼントを置いていってくれました。

一目その姿を見たいと毎年目を凝らして起きているのですが、気が付けば朝。今年もダメだった、と思いながらも嬉しくてわくわくしながらプレゼントの包装を開けたものです。

幼稚だった私は随分長い間サンタさんを信じていて、学校で男の子に「サンタクロースはお父さんだ」と言われたのがショックで「絶対に嘘だ!」と腹を立てたのを覚えています。

そのわくわく感を娘にも、と今度は私がサンタクロースになったのですが、寝静まるのを待っているうちにこちらが眠ってしまって慌てたり、とどまる事を知らない娘のプレゼントの要求に、予算や、まだ早いかな?と思った時などは適当にアレンジしたモノを枕元に置いたのですが、「サンタさんは私のお願いしたものとちょっとづつ違うものをくれる」と言われてしまいました。今思い出しても笑ってしまいます。

子供がサンタさんを信じてくれている頃が子育ても一番楽しい時だったのかもしれませんね。

2009年12月10日 (木)

業平橋

神戸から芦屋に向かって2号線を走らせると芦屋に入ってすぐ、芦屋川に架かる業平橋があります。結構大きな交差点なので、すぐわかります。

業平ってあの「平安時代の歌人で、伊勢物語の在原業平?」。周辺は業平町というらしい。

なぜ業平の名が芦屋の地名に付いたのか?都人(みやこびと)であったはずなのに。

業平は美男の誉れが高かかったらしいので、都から遠く離れたこの芦屋の地でもアイドル並みの人気で、ファンが彼にあこがれて名前を付けたんだろうか。それとも芦屋にちなんだ和歌でも詠んだのかな?なんて、車で通る度に思ってました。

すると何と!業平は芦屋に住んでいたらしいのです。

芦屋に住んで、京の都からのお客様を布引の滝に案内したりしたのですって。

最近私のブログに頻繁に登場する例の布引の滝、です。

当時だったら芦屋から神戸まで出て来るのも、滝に登るのも大変な事だったでしょうが、何だか時空を超えて同じ滝の景色を、紅葉を、業平や都人たちと眺めたかと思うと、急に親しみを覚えました。

2009年10月30日 (金)

小公女セイラ

寄宿舎に残していく愛娘に父は思いを伝えようと口を開きます。「セイラや…」。すると娘は「はい、お父様。『自分を高く設定するんだ。私なんかこんなものだなんて決して思っちゃいけない。自分の力を高く設定することによって、どんな困難にも打ち勝てるし、誇り高くも生きられる。』ですね。」と利発に答えます。

ドラマ「小公女セイラ」の中のワンシーンです。この後セイラにはありとあらゆる試練が待ち受けているのですが、健気に誇り高く乗り越え最後には幸せを掴みます。子供の頃、少年少女世界文学全集の中から取り出して読んだお話にこんな言葉が込められていたなんて。ドラマのセリフとは言え素晴らしいですね。

子供の頃には単純にめでたしめでたしで終わっていたのですが。今読み直したら違う重みでずっしり心に響くかもしれません。また読んでみたくなりました。

ただ、ドラマの中のセイラのように、桁外れの大金持ちで、可愛くて、明るくて、誰にも心優しく、頭も良くてフランス語なんてペラペラ、学院長先生から下働きの少年にまで気配りができて、ライバルの無理な挑戦状も軽くこなしてにっこり微笑み、握手を求められたら、何だかねえー、どこか欠点は無いの?どこで息抜きするの?ほころびは出来ないの?なんて気がしてくるのは私がずいぶん大人になってしまったということなんでしょうか。

※11月2日(月)は休まず営業いたします。

 勝手ながら11月3日(祭)は代休とさせていただきます。

2009年10月28日 (水)

懐かしいお饅頭

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まだあったのですね。懐かしい。大丸饅頭。

私にはどちらかと言うとそごう饅頭の方がお馴染みですが…。阪神電車を降りて三ノ宮駅の改札を出た所に機械が置いてあって、ガシャンガシャンとチェーンが回って自動的にお饅頭が焼きあがっていくのです。その様子が不思議で売っているおじさん(子供だったので誰でもおじさんに見えました)の前で動かず母を手こずらせた気がします。

あの頃のデパートは屋上に遊園地があって大食堂のお子様ランチのチキンライスにはデパートのマークの入った小さな旗が立っていました。今も大食堂ってあるのかしら?ウェートレスのおねえさんが食券を上手に片手で半分にちぎっていくのを少し憧れのまなざしで見ていたなあ。懐かしい昭和の日々です。